「上山南洋」の版間の差分

出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
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'''上山南洋'''(かみやま なんよう、大正2年(1913年)2月15日 - 昭和49年(1974年)11月26日、61歳)は、昭和期の大本の幹部。ジャーナリスト。石川県出身。京都皇學館卒業。本名は「外二」。
'''上山南洋'''(かみやま なんよう、大正2年(1913年)2月15日 - 昭和49年(1974年)11月26日、61歳)は、昭和期の[[大本]]の幹部。ジャーナリスト。石川県出身。京都皇学館卒業。本名は「外二」。


早くから王仁三郎に師事し、[[第二次大本事件]]までは直接王仁三郎のもとで活躍した。
早くから王仁三郎に師事し、[[第二次大本事件]]までは直接王仁三郎のもとで活躍した。

2019年3月8日 (金) 06:05時点における最新版

上山南洋(かみやま なんよう、大正2年(1913年)2月15日 - 昭和49年(1974年)11月26日、61歳)は、昭和期の大本の幹部。ジャーナリスト。石川県出身。京都皇学館卒業。本名は「外二」。

早くから王仁三郎に師事し、第二次大本事件までは直接王仁三郎のもとで活躍した。

人類愛善会副会長、大本参議、北国新聞社副社長、同主筆などを歴任。『出口王仁三郎著作集 第四巻』(読売新聞社)の編集・解説を行った。

第4回原水禁世界大会(1958年)議長。

参考文献

  • 人類愛善新聞,1974/12/1
  • <kb>上山南洋</kb>