高天閣
出典: 出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア(Onipedia)』
高天閣(こうてんかく)は、亀岡の天恩郷にあった建物。最初は「神集殿(しんしゅうでん)」という名で建設され、後に「高天閣」と改称された。昭和3年(1928年)2月完成。
概要
略年表
- 大正15年(1926年)3月31日、月宮殿と神集殿の敷地工事に着手。4月1日、神集殿の敷地整備に着手。[2]
- 同年12月6日、神集殿の敷地の堀が完成。12月17日、神集殿の設計成る。[2]
- 昭和2年(1927年)5月15日、地鎮祭。8月5日、斧始式。9月5日、立柱式。9月10日、上棟式。[2]
- 昭和3年(1928年)2月7日、神集殿の遷座祭、竣成式。(翌2月8日、月宮殿の上棟式。10月30日、月宮殿が完成。)[2] [1]
- 同年6月22日(旧5月5日)、神集殿を高天閣と改称。[2] [3]
- 昭和8年(1933年)10月27日(旧9月9日)、神島参拝。大正5年(1916年)の神島開きから18年目。この夜、綾部から高天閣に遷座してあったみろくの大神の神霊を、月宮殿に遷座する。[2] [4]
- 昭和9年(1934年)5月15日、大八洲彦命神像を照明館から高天閣に遷座。[2]
- 昭和11年(1936年)、第二次大本事件で破壊された。